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なぜウェブ制作プロジェクトはよく失敗するのか

ウェブ制作プロジェクトはよく失敗します。

国内と海外のいくつかの調査によると、ソフトウェア開発のプロジェクトの成功率はおよそ 30% 〜 50% だそうです。 「ソフトウェア開発」と「ウェブ制作」は厳密には別物ですが似たところも多いので、「ウェブ制作」で統計を取ってもおおよそ似た数字になるものと思います。

今回は「 なぜウェブ制作プロジェクトはよく失敗するのか 」というトピックについて私の考えを述べてみたいと思います。

ウェブ制作プロジェクトがよく失敗する理由

ウェブ制作プロジェクトがよく失敗する理由を考える際は次の 3 つの切り口で考えると便利です。

  1. 制作会社側の問題
  2. 発注者側の問題
  3. プロジェクト特性の問題

順に見ていきましょう。

1. 制作会社側の問題

第一は制作会社側の問題です。

1a) 最低限の知識が不足している

ウェブ制作会社で働く人々の多くは実はプロジェクトを成功させるために必要な知識を十分に備えていません。

その理由のひとつとして「ウェブ制作の仕事は誰でも従事できる」ということがあります。 例えば、自動車の運転には免許制度があり、最低限の運転技術を持たない人は公道を運転してはならないと法律で定められています。 このような制限はウェブやプログラミングの仕事にはありません。

最低限の基準が無いため、いわば「自動車免許を持たない人がお客さんを乗せて公道を走り回っている」というのがウェブ業界の現状です。 医療にたとえるなら「動脈と静脈って何が違うんですか?」というような人でも患者に注射を打ったり手術に参加したりしているありさまです。

もうひとつ大きな理由として「ウェブ制作プロジェクトの知識が十分に体系化されていない」というのもあります。 例えば、ウェブ制作プロジェクトを成功させるには、構築に必要な要素技術だけでなく「基礎的なビジネスリテラシー」や「企画」「業務知識」「プロジェクトマネジメント」等のスキルが必要です。

このあたりのスキルを個人で自主的に身に着けている人はたくさんいますが、企業全体で体系化・仕組み化できている制作会社はごく一部です。 そもそも「知識を蓄積し体系化する」という考え方さえ持ってなくて、個人の経験と感覚だけでやっているような制作会社もたくさんあります。

1b) プロジェクト体制が不適切

ウェブ制作プロジェクトを推進する適切な体制が組まれていないというのもあります。

私がよく聞くパターンは「営業部隊と制作部隊の連携不足」です。 これは例えば、不適切な個別目標の設定やコミュニケーション不足により、十分な合意の無い決定や深刻な情報伝達ミスが発生しているような状況です。 たとえ組織全体や個人のレベルで十分な知識があったとしても、チーム体制が適切でなければプロジェクトを円滑に遂行することはできません。

また、「不適切なメンバーへの仕事の振り分け」や「スキル不足のメンバーへのサポート不足」というのもよく目にします。 制作会社の多くは会社としての歴史が短いこともあり、組織としてパフォーマンスを上げ成長できる仕組みを整えられていない場合がよくあります。 キャリアパスや若手育成の仕組みの構築ができておらず、リスクの大きな業務にスキル不足のメンバーが単独で取り組むような状況もよく発生しています。

2. 発注者側の問題

発注者側にも問題があります。

2a) 最低限の知識が不足している

制作会社側にも、発注者側と同様の知識不足の問題があります。 発注者の多くは、ウェブ制作プロジェクトの成果物を「こんな感じのものが欲しい」とあいまいに説明することはできても、それを実現するにはどんな要素が必要なのか、具体的に何を用意してどのように作業を進めていけばよいのかまではわかっていません。

その原因のひとつには「ソフトウェア開発やウェブの歴史が短いこと」があるでしょう。 こんなにも ICT が暮らしやビジネスに浸透している一方で、ウェブが一般に使われるようになってまだ高々 20 数年です。 現在成人している人の多くはウェブに関して十分な教育を受けておらず、ウェブ制作プロジェクトを進めるための基礎知識を持っていません。

例えば、制作会社側が初回の打ち合わせで「流入施策としてどのようなことを考えられていますか?」と質問をすると、「流入って何ですか?」「それは必要ですか?」「例えばどんな施策があるんですか?」と質問攻めで返す発注者がいますが、それは発注者としての努力が足りていません。 「ホームページやインターネットのことは全然わからないから(教えてくれ)」と言ってから話をする人もいますが、担当になったのであれば最低限のところは自分で学ぶのが社会人としての基本です。 そのための情報源は十分にあり少しでも探せばすぐに見つかるのですが、実際に書籍を読んだりしてからプロジェクトに臨む担当者はまれです。

2b) 不適切な予算

知識不足とも関係しますが、適切な予算が割り振られないことも原因のひとつです。 多くの場合は求める結果に比べて予算が足りていません。

本来なら、ウェブ制作の成果物から得られる結果を予測しそれに見合った予算を立てるべきで、そこには基本的な投資の考え方が必要です。 しかし実際にはそのあたりを適切に考えられている依頼者はあまりいません。

また、不適切な予算の結果として、制作会社が提示した金額に値引きを要求する発注者がいますが、多くの場合それは賢い選択とはいえません。 過去の記事でも述べているとおり、ウェブ制作業の原価の大部分は人件費です。 人件費が大部分を占めるサービスにおいて値引きを求めるということは「あなたの仕事に価格に見合う価値はありません」「手を抜いてください」と言っているようなものです。

家族の手術を担当してくれる医師に「手術の金額を半分にしてください」と言うのが馬鹿げているのと同じくらい、ウェブ制作に値引きを求めることはナンセンスです。 しかしウェブ制作にもそのような考え方が通用すると考える依頼者が多いです。

2c) 不十分・不適切な関与

依頼者側の原因として最も大きいのはおそらくプロジェクトへの不十分・不適切な関与です。 端的に言うと「受け身で待っていれば、制作会社がよきように作ってくれるだろう」と考える依頼者が多すぎます。

ウェブ制作にかぎりませんが、通常プロジェクトを成功させるには「目的」「 CSF (成功決定要因)」「戦略」の明確化が必要で、それらを考えるためには「環境分析」が必要です。 また、成果物ができあがったときには、目的や CSF との整合性チェックや正しく動くかの動作チェックも必ず行う必要があります。 ウェブ制作プロジェクトには通常依頼者側に複数のステークホルダーが存在しますが、円滑なプロジェクト進行にはステークホルダーの利害調整・理解・協力が不可欠です。

これらはいずれも依頼者側が主となって行うべき仕事です。 制作会社に協力してもらうことはできますが、制作会社が依頼者の代わりになってすべてをこなしてくれるわけではありません。

そのためウェブ制作プロジェクトには依頼者が積極的に関わることが不可欠ですし、そこからできるかぎりの価値を生み出したいのであればなおのこと、依頼者自らがプロジェクトを牽引するぐらいの積極性を持たなくてはなりません。

「最初に適当に構想を話したら、後はすべて制作会社がよきようにやってくれる」なんて夢のようなことはありえないのですが、依頼者はしばしばそれを期待してしまいます。

3. プロジェクト特性の問題

制作会社側と依頼者側の問題の他に、ウェブ制作やウェブ制作プロジェクトの特性にも原因があります。

3a) 未知の要素の存在

ウェブ制作プロジェクトには必ず未知で不確実な要素――いわゆる「リスク」がつきまといます。 完成時の環境や成果物、プロジェクト途中のトラブルについて、たとえウェブ制作の経験を長年積んだ人であってもすべてを見通すことはできません。

未知の要素が含まれるのにはさまざまな原因があります。 例えば、「押さえるべき知識の範囲が広いこと」や「技術の変化の速さ」「利用環境や利用方法の移り変わりの速さ」等が影響しているでしょう。 ほんの 10 年前まで携帯端末はフィーチャーフォンがほとんどで、ウェブにアクセスする端末の主役はパソコンでした。 日本で Facebook を使っている人はほとんどおらず、 Instagram はまだ生まれてもおらず、 YouTuber という言葉はありませんでした。

ウェブ制作プロジェクトに未知の要素があるということは、一度も行ったことのない国に旅行をすることに似ています。 どれだけ綿密に下調べをしても行ったことの無い国のすべてを予測し見通すことは不可能です。 もし仮にすべてを見通せてしまうとしたら、それはプロジェクトがパックツアーのようなチャレンジの無いものになっている証でしょう。

この特性を理解せず十分な心構えと準備を行わずにプロジェクトに関わっている人は多いです。

3b) 成果物に対する基準の不在

もうひとつウェブ制作の特性として大きいのは「成果物に関して守るべき明確な基準が存在しないこと」です。

例えば建築物であれば、建築基準法等によって守るべき最低限のラインが定められていますが、ソフトウェアやウェブサイトにはそれがありません。 明確な基準があれば、制作会社はそれを必ず満たせるように努力するか廃業するかの選択を迫られ、世の中のウェブ制作サービスの品質は大きく上がるでしょうが、現状はそのようになっていません。 ICT の性質を考えるとそもそもそのような基準を作ったり適切に機能させたりするのは難しいでしょうが、そのような基準があれば防げるウェブ制作プロジェクトの失敗がたくさんあるのは事実です。

……

というわけで、世の中のウェブ制作プロジェクトはなぜ失敗しがちなのかという理由についてでした。 当然ながらこれらは絶対的な事実ではなくあくまでも私のかぎられた知識と経験に基づく意見です。 しかし、ウェブ制作プロジェクトを成功させたいという思いを持った方には何かしらヒントになるのではないかと思います。

ご参考になれば幸いです :)