ウェブサイト制作の発注でなぜ RFP が重要なのか
追記 2018/06/12: 「 RFP とは何ぞや」の説明をした記事を書きました。興味のある方はぜひご覧ください。
システム開発の世界には「 RFP 」ということばがあります。 RFP は Request for Proposal の略で、日本語では「提案依頼書」と呼ばれるもののことです。
RFP とは、システム開発を依頼したい側の会社、つまり発注者が「 こんなことをしたいんだけど、それを実現するシステムについて提案をいただけませんか 」と開発会社に依頼するときの一式の資料のことを指します。 法律で決められたもの等ではないため、所定のフォーマットなどは特にありませんが、一般に「これは最低限含むべき」という内容の認識についてはある程度共通のものがあるようです。
この RFP が、システム開発よりも規模の小さめな「ウェブサイト制作」の世界においても近年はちらほら使われるようになってきています。
今回は、その RFP がなぜ重要なのかという「理由」についてお話ししてみます。
前提: ウェブサイトの目的について
なぜ RFP が重要なのかのお話をする前に、私が持つ「ウェブサイトの目的」の認識についてかんたんに共有したいと思います。
「目的」の視点で分類すると、世の中にあるウェブサイトは大きく次の 2 つに分かれます。
- a. 存在することそのものが目的であるサイト
- b. 存在することは手段でありその先に目的があるサイト
a は、文字どおりそのまま、「存在することそのものが目的であるサイト」です。 極端に言えば、「どんな形であれ公開しさえすればそれで目的が達成できるとみなされる」タイプのサイトです。 一方の b は、「そのサイトを公開することはあくまでも手段であって、そのサイトを使って何かを行うことで目的を達成しようとするもの」です。
このお話を客観的に聞くと、並のビジネス感覚を持つ方であれば「ビジネスとしてサイトを作るかぎり a のサイトなんてありえない」「すべてのサイトが b であるべき」と考えられることと思います。 しかし、多くの方がいざ自分事としてウェブサイトを構築する状況になるとつい「純粋な b ではない a の方に寄ったウェブサイト」を作ろうとしてしてしまいますし、実際にも a に寄ったサイトが世の中にはたくさんあります。
ですので、今回は RFP のお話をする上での前提として、「作るサイトが b のサイトである」つまり「サイトを作ること自体が目的ではなく、サイトはその先にある目的を達成するための手段である」というのを前提としたいと思います。
理由は 2 つあります。
- 「 a のサイトでいい」と考える人が世の中はわりと多いから
- a のサイトをどう作ろうが当人の自由だから
実は、(驚く人は驚くと思うのですが) a のサイトでよいと考える人は世の中にはたくさんいます。 例えば、数字を見ず「感覚」で経営を行っている中小企業の経営者、ビジネス上の目的や目標の達成に関心の無い社員の方がプロジェクトの責任者になっているような場合は、 a でよしとする場合が多いでしょう。
そして、 a の場合であれば、どんなサイトにしようが、目的・目標を達成しようがしまいが、当人の自由です。
そんな a のケースでは、 RFP の話は「めんどうくさい」「興味がない」で一蹴されるので、今回のお話の大前提は「 b のサイト」です。
なぜ RFP は重要なのか
では実際に「なぜ RFP が重要なのか」というお話に入りたいと思います。
早速結論ですが、 RFP 作りが重要な理由は、一言でいうと「 よい RFP があると、プロジェクトの成功確率と費用対効果が上がるから 」です。 逆に、成功確率と費用対効果に興味が無いのなら、 RFP について気にする必要はありません。
大きく分けると、次の 2 つのフェーズで、プロジェクトの成功確率と費用対効果が上がります。
- RFP を完成するまでのメリット
- RFP を完成した後のメリット
1. RFP を完成するまでのメリット
まず前者の「 RFP を完成するまで」の方についてです。 話をわかりやすくするために、例えば、次のような内容の RFP を作ることを考えてみましょう。
- A. プロジェクト概要
- 概要
- 目的・目標
- 背景
- 予算
- リスク
- スケジュール
- B. サイト概要
- 概要
- 想定するユーザーグループ
- 必要な機能
- 必要なページ
- デザイン上の要望
- C. 求める提案内容
- 納品成果物
- 機能
- サイト構成
- デザイン
- 運用方針
- 体制
- スケジュール
- 概算見積もり
- その他
- D. 求める提案方法
- 形態
- 期日
- 提出方法
- E. その他
この構成の RPF を用意しようと思ったら、担当者がひとり数時間でちゃちゃっと作るなんてことは難しいでしょう。 社外に出して恥ずかしくない一定レベル以上のものを作ろうとすれば、どれだけ急いで作っても早くて数日、組織内での認識合わせや意思決定なども含めると数ヶ月はかかることもあるでしょう。
この RFP を作ろうとする作業の過程で、担当者あるいは担当チームはウェブサイトのさまざまな側面に目を向け、思考を深める必要があります。 文章や図の形でアイデアを表現するためには、頭の中の考えを整理してまとめなくてはなりません。 口頭だとたとえ説明がうやむやでも要旨はなんとなく伝えることができますが、文章や図で他人に伝えようとするとかなり正しく表現する必要があります。
この、 RFP を作るという作業を通して「プロジェクトや企画そのものへの考えを(否が応でも)深められる」ということが RFP のメリットのひとつです。
また、作るべき RFP の構成に目を通したときに、重要なポイントの見落としや論理の矛盾等に気づくこともできます。 例えば、ターゲット設定の欄に「商品 A のメインターゲットは高齢者である」と書いてあって、サイトの概要として「文字情報を充実させたスマートフォンサイトを構築する」と書かれていれば、企画の段階で「どうも無理があるんじゃないか」と気づくことができます。
この企画を読んだときに問題の臭いに気づけるかどうかは読み手のビジネス企画やマーケティングのリテラシーにもよるので「文章や図にしたら必ず間違いに気付ける」とはかぎりませんが、文章や図は口頭での説明よりもずっと客観的・論理的に評価しやすいので、企画段階での問題に気づける確率は高まります。 結果として、企画そのものの精度が上がります。
企画自体の問題や論理的な矛盾が排除され、ヌケモレがチェックされると、当然、プロジェクト全体の成功確率は高まります。
2. RFP を完成した後のメリット
続いて後者の「 RFP を完成した後のメリット」についてです。
RFP を完成するまでのメリットは担当者や担当チームの範囲に留まりますが、 RFP を完成した後の RFP のメリットはプロジェクト全体にわたります。
ここでは以下のポイントをあげて順に見ていくことにします。
- 2a. プロジェクトマネジメントのメリット
- 2b. コミュニケーション改善のメリット
- 2c. ナレッジ蓄積のメリット
2a. プロジェクトマネジメントのメリット
RFP を作成することは、ウェブサイトのプロジェクトに科学的なマネジメントを導入することにつながります。 プロジェクトの全体像と各個人の考えをできるかぎり見える化することで、それらが「客観的に見て扱えるもの」になります。
RFP を作らないということは、「重要な情報の解釈と整理を制作会社に丸投げしてしまう」ということです。 そして、そこを制作会社に丸投げしてしまうと、プロジェクトの成否はすべて「制作会社の担当者の腕次第」となってしまいます。
「このウェブサイトがうまくいくかどうかはすべて担当の○○さん次第」ーーそれでいいのなら RFP は必要ありませんが、発注者側が主体的・積極的にプロジェクトをマネジメントして成功確率を少しでも高めたいと思うなら、 RFP の作成は避けては通れません。
2b. コミュニケーション改善のメリット
RFP を作成することには、コミュニケーション上のメリットもあります。
企画のアイデアを文章や図に落とし込むことで、その内容をより正確にブレなく制作会社側と共有することができます。
日本では、「シュッと」「パッと」といったオノマトペを使った「雰囲気表現」や、主語や目的語を省略した「あいまい表現」がビジネスの場でもよく使われます。 口頭での説明の場合だと、そのような「雰囲気表現」「あいまい表現」でも受け手側がなんとなくで汲み取り解釈してしまうため、解釈が違う場合でも、なかなか気づくことができません。
加えて、ウェブサイトやシステムの場合は、ことばのひとつひとつに込める意味合いが人によって大きく違ったりします。 例えば「トップ」「ワイヤフレーム」ということばなどがよい例です。 「トップ」の場合は、「そのサイトのホームであるトップページ」のことを指して「トップ」と言う人もいますし、「 1 つのページの一番上のページトップ」の部分を指して「トップ」と呼ぶ人もいます。 また、「ワイヤフレーム」の場合では、その本来の意味である「ページ内の情報配置図」のことを「ワイヤフレーム」と指す人もいれば、「ワイヤフレーム=デザインラフ」とイメージしてしまう人なんかもいます。 このあたりのことばに対する認識の違いも、口頭でのお話だけだとなかなか気づくことができません。 文章と図にすることで「なんだかおかしいぞ」と気づける可能性はぐっと上がります。
また、複数の制作会社に声をかける際や、社内や関係会社のステークホルダーが多い場合にも、文章や図の RFP は有用です。 ステークホルダーごとに同じ話を繰り返すのは効率的ではありませんし、話を繰り返すうちに、説明内容が変わってしまうこともあります。 加えて、口頭での説明は、時間・場所の上で大きな制約があります。
文章や図を使った RFP を使うことは、場所・時間の制限を開放し、正確で再現性のあるコミュニケーションを可能としてくれます。
また、制作会社とのコミュニケーションにおいて RFP が重要だと私が考えるのは「 RFP で本気度がわかるから」です。
例えば、採用で「御社で働きたいんです」と言ってきた人が、履歴書も実績資料も何も用意してこなかったら「本当にやる気あるのなぁ」と疑ってしまうのとまったく同じ構造で、「サイト制作を考えているんです」と声をかけてきた会社が資料が何も用意できていない場合、制作会社は「その程度の本気度なんだな」と思います。
自社に強いブランドや潤沢な予算があるような特殊な場合は別ですが、一定レベル以上の品質のウェブ制作市場はいま売り手市場です。 やり手の制作会社や技術者は引く手あまたなので、そんな制作会社や技術者に振り向いてもらうためには「 RFP をきちんと用意しておくこと」が重要な意味を持ちます。
関係者に企画のアイデアを正確に伝えて、力のある制作会社に協力してもらうことーーこれらがプロジェクトの成功確率と費用対効果に大きく影響することは言うまでもありません。
2c. ナレッジ蓄積のメリット
個人的・組織的なナレッジ蓄積という意味でも、 RFP の作成は重要です。
ウェブサイト制作プロジェクトに関わるメンバーは、プロジェクトが無事終えられたらそれで終わりではありません。 個人であればキャリア、組織であればビジネスはその後も継続的に続きます。 そのため、プロジェクト自体の成否とは別に、得られたナレッジを蓄積して次へと活かすということが必要です。
そして、知見を次に活かそうとすると「効果的なレビュー」を行うことが必要ですが、「効果的なレビュー」を行うためには、「事前に期待したこと」と「実際に得られた結果」、「事前に知っていたこと」と「事後に知っていること」を明確に区別することが大切です。
しかし、 RFP 等を作っておかないと、「事前に期待したこと」「事前に知っていたこと」をプロジェクト完了後に正しく把握することは困難です。 一回性のプロジェクトにおいては特に、プロジェクトが進行するにつれてメンバーの学習も進むため、プロジェクト完了時はプロジェクト前とはベースの知識や認識が異なっていることがほとんどです。
事前の情報を正確に記憶できていればよいのですが人間にはそんなことはできないので、振り返って比較するための材料として RFP 等の資料が大きな意味を持ちます。
このナレッジ蓄積は、そのプロジェクト単体の成功には寄与しなくても、個人と組織がその後に関わるプロジェクトの成功確率・費用対効果に大きな影響をもたらします。
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このように、 RFP を作成することにはプロジェクトの成功確率・費用対効果にプラスとなる多くのメリットがあるため、 RFP を作成することは非常に重要です。
上の説明に含まれているポイントもそうでないポイントもまとめて、いくつか RFP 作成のメリットを箇条書きにしてみたので、よろしければこちらも参考にしてみてください。
RFP 作成のメリット:
-
思考のフレームワークを使うメリット
- 感覚や感情ではなく、ロジックに基づいた意思決定がしやすくなる
- 穴埋めをすることで、考えるべきポイントのヌケモレやポイント間の矛盾に気づける
- プロジェクト全体への見通しがよくなる
-
可視化のメリット
- 実装レベルの前の、企画レベルの問題に早期に気づける
- 言語化することによって短期記憶の限界を越えて考えが深められる
- 個人の記憶への依存を減らせる
- 後からのレビューしやすい
-
科学的プロジェクトマネジメントのメリット
- プロジェクトの各側面を正しく把握しコントロールできるようになる
- 属人的な能力への依存を減らせる
-
コミュニケーション改善のメリット
- 効果的・効率的に共有できる
- 誤解を減らせる(もちろん完璧にはならないけど、減る)
-
ナレッジ蓄積のメリット
- プロジェクト全体のレビューのベースに使える
- 次のシステムへの移行時に再利用できる
いかがでしょうか。
以上、 RFP が重要な理由の説明と、 RFP の構成のサンプルでした。 ウェブサイト制作を発注しようとされている経営者や担当者の方のご参考になれば幸いです :)