Drupal 7 サイトの移行先の決め方
Drupal 7 で作られたサイトを WordPress や Laravel 等他のプラットフォームに移行する際の「移行先の決め方」についてまとめました。今 Drupal 7 でサイトを運用中で数年以内のリニューアルを検討されている方はぜひ参考にしてみてください。
対象読者
本記事の対象読者は、中小企業の経営者やウェブ担当の方です。自社が保有するウェブサイトのプラットフォームを選ぶ立場または提案する立場にある方向けに書いています。
自社のウェブサイトを重要なコミュニケーションチャネルとして位置づけていて、そのプラットフォームを戦略的・合理的に選びたいと考えている方には特にご参考になるのではないかと思います。
Drupal とは
Drupal を使用してはいるものの相対的な評価として Drupal がどんな CMS なのかあまりよく知らないという方のために、 Drupal についてかんたんにおさらいします。
Drupal (ドゥルーパル)は 2001 年に公開されたオープンソースの CMS です。最も有名で最もよく使われている CMS 「 WordPress 」(ワードプレス)と同じ「 LAMP スタック」 1 と呼ばれるソフトウェアの組み合わせの上で動きます。利用するベースの技術という点においては Drupal は WordPress と似た CMS です。
Drupal は CMS の中では比較的機能が豊富で、さまざまな用途に使うことを想定した作りになっています。一般的な情報発信のためのサイトやブログの他に、「多言語サイト」「会員専用サイト」「 SNS / CGM サイト」等も本体の機能とテーマ作成だけで構築することができます。
2000 年代に「多機能・多用途 CMS 」として人気を博しましたが、 2010 年以降は「大企業向け CMS 」 2 という明確なターゲティング・ポジショニングで打ち出すようになります。数の面ではそれまで中心的な層であった中・小規模サイトのユーザーを切り捨てて大企業向けに転換したことには賛否両論あり、後述する利用者減少に繋がりました。
記事執筆時点において、 Drupal のライバルは WordPress や Joomla! 等のオープンソース CMS ではなく Adobe や Sitecore 等の企業が開発するプロプライエタリ CMS と考えられています。
2020 年時点の最新バージョンは 2020 年 6 月にリリースされた Drupal 9 です。 2022 年には Drupal 9 と互換性を持つ Drupal 10 がリリースされる見込みです。
Drupal の概況
つづいて 2020 年現在〜 2023 年ぐらいまでの Drupal を取り巻く状況をかんたんにまとめます。
最新版は Drupal 9 、最も多く使われているのは Drupal 7
上述のとおり、 2020 年時点の最新版は 2020 年 6 月リリースの Drupal 9 です。
最新版は Drupal 9 ですが、 2020 年時点で最も多く使われているのは、 Drupal 9 ではなく、ひとつ前の Drupal 8 ( 2015 年リリース)でもなく、その前の Drupal 7 ( 2011 年リリース)です。 記事執筆時点で、公式の統計では Drupal 9 と Drupal 7 のサイト数はおおよそ次のとおりです。
- Drupal 9: 2 〜 3 万サイト
- Drupal 7: 60 万サイト
この Drupal 7 の 60 万サイトという数字は全 Drupal サイトのおよそ 3 分の 2 に相当します。 尚、 Drupal 8 と Drupal 9 には互換性がありますが、 7 と 8 の間は Drupal 8 で大規模な作り変えが行われたため互換性がありません。
Drupal 7 のサポートは 2022 年で終了
記事執筆時点で Drupal 7 の開発は 2022 年 11 月に終了する予定となっています 3 。
開発終了後は脆弱性に対するセキュリティフィックスも含めてあらゆる開発は行われない予定です。 そのため、 2022 年 11 月以降も Drupal 7 を使い続けるというのはリスクの高い選択肢となります 4 5 。
上述のとおり Drupal 7 で作られたサイトはおよそ 60 万サイトあります。これから数年のうちにこれだけの数の Drupal 7 サイトが「最新の Drupal への載せ替え」または「他の CMS への移行」を行う必要に迫られるという意味では、今後数年が Drupal と Drupal コミュニティにとって大きな転換期であると言えるでしょう。
Drupal の利用は減少傾向
統計的に見ると、 Drupal を利用するサイトの数・利用者数は近年減少傾向にあります。
CMS 市場における「相対的なシェア」という意味では Drupal のシェアは 10 年前から連続して減少し続けていましたが、市場全体が拡大していたため、利用の絶対数は横ばい〜微増でした。それがここ数年は絶対数でも減少が始まっています。
「現在最も多く使われている Drupal 7 のリリースが 2011 年でありその開発は 2022 年に終了する」「 Drupal 8 の利用サイト数のピークは Drupal 7 の数分の一である」といった事実を総合して考えると、 Drupal の利用数は今後も減少していく可能性が高いといえます。
なぜ Drupal が一時期に人気を失ったのかについてはまた機会があれば考察を展開できればと思いますが、ここではひとまず「近年 Drupal の人気が落ちており、この先も落ちていく可能性が高い」という事実だけ押さえておくことにします 6 。
以上の事実を踏まえて、 Drupal 7 サイトの移行先の決め方について見ていきましょう。具体的なお話に入る前に、 移行を考える上で押さえておくべき重要なポイントを確認しておきます。
移行先検討において押さえるべきポイント
Drupal 7 の移行先を検討するときに必ず押さえておくべきポイントとして Drupal 7 のベストな移行先は新しいバージョンの Drupal であるとはかぎらない というものがあります。
その理由は非常にシンプルで、 Drupal 7 とその後の Drupal は別物だから です。これには 2 つの意味合いがあります。
ひとつめは Drupal のソフトウェアとしての性質に関するものです。 Drupal 7 とその後の Drupal では、内部構造や設計思想が大きく異なります。また、強みを発揮できる守備範囲や全体的な方向性も異なります。さらに、開発体制も Drupal で作ったサイトの保守方法も異なります。あまりに多くの違いがあるので、最新の Drupal 9 は「 Drupal 7 の進化版」ではなく「 Drupal 7 とコンセプトの似た別の CMS 」として捉えた方がよいくらいです。
また重要なポイントとして、 Drupal 7 と Drupal 9 には互換性がありません。 Drupal 7 から Drupal 9 への移行は、人々が一般に考える「アップデート」ではなく、「別 CMS への移行」に近い作業が必要となります。
ふたつめは利用規模です。公式の統計データによると、 Drupal 7 で作られたサイトの数はピーク時でおよそ 110 万サイト、 Drupal 8 は 20 〜 30 万サイトでした。 Drupal 9 はリリース後まだ半年しか経っていないためあくまでも予測ですが、今のトレンドが続けばピーク時のサイト数は 20 〜 40 万サイトになると予想されます。つまり、 Drupal 9 の利用規模は、サイト数換算で Drupal 7 の 3 分の 1 〜 5 分の 1 程度になります。
オープンソースソフトウェアにとって利用規模というのは非常に重要です。オープンソースソフトウェアにはいわゆる「ネットワーク効果」 7 が働くため、利用者が減少するとそのソフトウェアの利用で得られるメリットが少なくなります。 Drupal 7 の状況に慣れたユーザーには、その後の Drupal 9 では「使えるモジュールの数」「モジュールの品質」「バグ対応のスピード」「フォーラムのサポートの質」「頼れるプロフェッショナルの数」等が Drupal 7 よりも落ちたと感じられるはずです。
そのため、「今まで Drupal を使っていたから」という理由だけで安直に新しい Drupal へのバージョンアップを行うべきではありません。さまざまな選択肢を検討し適切な判断をした結果として「次も Drupal にしよう」という結論に達するのはありですが、十分な情報収集・調査もせずに「次も Drupal を」と考えるのは NG です。
移行先の決め方
ということで、具体的な移行先の決め方についてです。実際の移行作業も含めた移行の一連の流れはおおよそ次のとおりです。
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分析
- 現行サイトの確認
- 事業環境の確認
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調査
- オプションの洗い出し
- 押さえるべきポイントの確認
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決定
- スコープと予算の決定
- 移行先の決定
- 移行戦略の決定
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実施
- コンテツタイプの作成
- 機能の開発
- データの移行
このうちの 1 から 3 までが移行先を決める作業にあたります。今回はここを細かく見ていきましょう。まずは 1 の分析からです。
1. 分析
現行サイトの確認 : 現行の Drupal サイトの中身を確認します。どのような作りになっているのか、どのようなデータをどのように格納しているのか、どのような運用になっているのかを確認します。
構築を担当した制作会社とスタッフの協力が得られるようであれば、彼らに協力してもらうのが最も効率的です。協力を得るのが難しければ(そのような状況は往々にしてあります)相応の Drupal 知識を持った人にサポートしてもらいながら解析していくと効率がよいです。
事業環境の確認 : 事業を取り巻く環境を確認します。内部環境としての社内の状況、外部環境としてのマクロ環境・市場環境等を確認します。チームの体制・能力、上位の事業戦略や事業の方向性を見て「強み」「弱み」を洗い出します。外部環境は PEST ・ 5Fs 等の定番フレームワークを使って整理するとステークホルダーへの共有が比較的スムーズです。外部環境も「機械」「脅威」として評価します。
2. 調査
オプションの洗い出し : 「移行先のプラットフォーム」と「依頼先の制作会社」のオプションを洗い出します。プラットフォームについては、多くの場合は Drupal と同じ CMS を候補としてあげれば十分ですが、機能が複雑な場合や高いパフォーマンスが求められる場合は CMS 以外の選択肢も検討します。
上述のとおり Drupal 7 以降の Drupal は Drupal 7 とは別物です。取り巻く環境も大きく変わっていますし、何より、 Drupal 7 からその後の Drupal へのアップデートには他の CMS への移行とほぼ同等のコストがかかります。そのため、 Drupal を前提とせずさまざまなオプションをフラットに検討するのがよいでしょう。
ここで重要なのは、「洗い出し」と「選定」のプロセス(発散と収束のプロセス)をきちんと分けて、ここでは「洗い出し」に専念することです。ボツになったオプションの情報が後々役立つこともあるので、集めた情報はすぐに削除せずに残しておくことをおすすめします。
押さえるべきポイントの確認 : オプションの洗い出しと並行して、移行先の選定において押さえるべきポイント・評価軸を確認します。要は「どこに着目して移行先を決めるか」を決めます。もともとチームの中に CMS やフレームワークの知識が豊富な人がいれば、ある程度事前に決めておくことができますが、おそらく多くの会社は「どのようなオプションがあるのか」を把握してからでないと押さえるべきポイントを決めるのは難しいと思います。
3. 決定
スコープと予算の決定 : 移行プロジェクトのスコープと予算を決定します。スコープの決定における大きな分かれ目は、「攻め」の姿勢で移行を行うか「守り」の姿勢で移行を行うかです。
移行が必要であるという事実そのものは受け入れざるをえないものですが、それを「サイトを改善できるよい機会」と捉えるか、現状維持を目指しあくまでも「脱 Drupal 7 」だけを図るのか、そのどちらを選ぶかでやるべきことは大きく変わってきます。
予算はスコープにあわせて決定します。「攻め」の移行とするなら積極的な投資ということで必要な分を、「守り」の移行とするなら最小限の分を確保します。
移行先と制作会社の決定 : これまでに集めて情報を総合して、移行先のプラットフォームと依頼先の制作会社をひとつに決定します。 ここまでのプロセスが適切に進められていれば、ここでの意思決定はそう難しくないはずです。
どうしても難しい場合は、必要な情報が足りていないか、判断できるだけの十分な知識 を持っていない可能性があるので、前のステップに戻ってやり直すなり、有識者にアドバイスやサポートを求めるなりするのがよいと思います。
ここで重要なのは「総合的に判断すること」です。特に経験の少ない方は、目立つ面だけに気を取られて多面的に見ない傾向があるので注意してください。
移行戦略の決定 : 移行先と制作会社が決まったら、具体的にどのような方法・ステップで移行を進めるかを決めます。ここは自社だけで決めるというよりも、制作会社のサポートを得ながら相談しながら決める場合が多いと思います。
ということで、移行先の決め方については以上です。
尚、細かな作業の順番は必ずしもこの順番である必要はありません。また、必ずしも作業が前から後ろへとスムーズに進んでいくとはかぎりません。必要に応じて手戻りを許す等して、そのときどきの状況に合わせて必要な調整をしていきます。
代表的な移行先オプション
移行先の決め方については以上ですが、最後におまけとして、 Drupal 7 の移行先として代表的なプラットフォームをいくつかご紹介します。
1. WordPress
WordPress は Drupal と同種の CMS です。 CMS の世界では、世界全体で 60% 以上、日本では 80 〜 90% ものシェアがあります。すでに人気の高い CMS ですが、今でもシェア・利用数ともに横ばい〜増加傾向を保っているため、存続性という意味では並ぶものはありません。
WordPress と Drupal 7 の両方をクライアントプロジェクトで経験した立場からすると、データモデルやフックシステム等両者には似たところも多く、大半の Drupal 7 サイトは WordPress に問題なく移行可能です。
特に、 Drupal の機能の一部だけを使用して標準的な「情報発信サイト」として使っている場合は、 WordPress が第一の選択肢になるでしょう。
2. Laravel
Laravel (ララベル)は PHP ベースのウェブアプリケーションフレームワーク(以下「フレームワーク」)です。 2011 年の誕生後短期間のうちに急速に支持を集め、わずか数年で PHP で一番人気のフレームワークになりました。 Laravel は国内の PHP を得意とする制作会社が WordPress 以外のプロジェクトで最もよく利用しているフレームワークです。
日本国内では世界全体に比べて Laravel 人気が高いこともあり、 Laravel を扱える会社・人が多いという特徴があります。 国内で Drupal を扱う制作会社と Laravel を扱う制作会社・開発会社の数を比べると、 Laravel の方が 10 倍以上多いと考えられます(そのことを直接示すデータはありませんが、さまざまなデータから推定可能です)。
特に、 Drupal を使ってさまざまな機能を持った複雑なサイトを構築している場合は、 Laravel が第一の選択肢になるでしょう。
ただし、フレームワークについては留意点があります。 Laravel が 2011 年に公開されてわずか数年後の 2015 年頃には PHP で一番人気のフレームワークになっていたように、フレームワークの世界では数年間で状況が一変することもあります。今後、新たなフレームワークが出てきて Laravel とその座を争う存在にまで成長する可能性も 0 ではありません。
Drupal と同じ PHP で作られている WordPress と Laravel が代表的なオプションですが、その他にも以下のようなオプションがあります。
- WordPress 以外の CMS
- Laravel 以外のフレームワーク
- クラウドサービス( SaaS )
- JAMstack
- 静的サイト
知名度・対応可能な制作会社の調達容易性・将来性等を考えると、多くの場合では WordPress か Laravel が適切な移行先として選ばれ、それは Drupal 7 サイト全体の 2/3 を超えると思います。残り 1/3 でその他の CMS ・フレームワーク・クラウドサービス等が選ばれる
Drupal 7 は 2011 年にリリースされ 2022 年に開発が終了しますが、その間基本的な機能にはほとんど変更が無く、非常に安定した CMS でした。そんな Drupal 7 の利用者は「サイトを一度作ったらその後は CMS をバージョンアップするだけで長年使い続けられること」に慣れていますが、一般にはそんな CMS は希少です。 Drupal 7 と同様の保守体制で使えることを望む場合は、ソフトウェアの「安定度」という側面を強く意識して選ばなくてはなりません。
ということで、 Drupal 7 サイトを WordPress や Laravel 等の他のプラットフォームに移行する際の移行先の決め方についてでした。 Drupal 7 の移行先で悩んでいる方・迷っている方のご参考になれば幸いです。
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LAMP とは Linux / Apache / MySQL / PHP の頭文字を取ったものです。 Drupal は基本的には LAMP スタックの CMS ですが、データベースは MySQL の他に PostgreSQL と SQLite もサポートしています。 ↩
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「大企業向け」をアピールする意味で英語では Enterprise Content Management System や Digital Experience Platform という表現が使われています。 ↩
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ちなみに英語圏では Drupal 7 の開発終了を意味するときに EoL ( End of Life )という表現がよく使われます。 ↩
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Drupal の場合、少なくとも数年に一度は非常にクリティカルな脆弱性が見つかっているので、開発の止まった Drupal 7 サイトをそのまま放置するのは非常に危険です。 ↩
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ちなみに、公式の開発が終了した後もしばらくの間は Acquia 社等の Drupal ベンダーが独自のパッチサポートを提供していくようです。そのようなサポートを利用して Drupal 7 を使い続ける手が無いわけではありませんが、いずれコミュニティモジュールのメンテナンスは終了していくので、遅かれ早かれ脱 Drupal 7 は必要になります。 ↩
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Drupal の利用数は減少していきますが、 Drupal がそのまま衰退していくわけではないと筆者は考えます。そう考える理由は、 Drupal 本体の開発は依然活発に続けられており、そのコントリビューターの大部分は Acquia 社等の一部の企業に集中していることです。利用数が減少しても本体の開発にはほとんど影響が無いはずです。ふたつめに、大企業向けに特化したことの成果が今後さらに出てきて、これまで Drupal に注目していなかった大企業の間での導入が進むと考えるからです。 ↩
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ネットワーク効果とは、利用者が増えれば増えるほど利用者が得られるメリットが増える現象のことです。ちなみに、英語では network externality や network effect と呼ぶそうです。 ↩