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ウェブサイト制作の依頼前に知っておきたい CMS の妥当性チェックポイント

今回はウェブサイト制作における発注者側の方向けに、制作会社に依頼をする前に知っておくべき 導入する CMS の妥当性をチェックする際のポイント についてお話しします。

どの CMS を選ぶかはあまり重要ではない

先にお断りしておきますが、実は ウェブプロジェクトの成否において「どの CMS を選ぶか」はあまり重要ではありません 。 CMS がプロジェクトの成否にまったく無関係というわけではありませんが、ウェブプロジェクトには CMS よりも重要なことがたくさんあり、それらの重要度に比べると利用する CMS によって生じる差は誤差のようなものといえます。

具体的なポイントとしては、例えば、 「適切な目的・目標の設定」や「筋の通った CSFs (Critical Success Factors) の抽出」「目的と環境と整合した戦略の策定」といったポイントは CMS よりもずっと大切です 。 CMS はあくまでもツール・手段でしかありません。 上位の目的・目標設定が適切で、適切な戦略が策定されており、それらとの整合性があって初めて手段( CMS )は価値を生みます。

もうひとつ別のポイントとして、「パートナー選び」が CMS よりもずっと大切なポイントとして挙げられます 。 CMS 選びの間違いはある程度後からカバーができますが、パートナー選びに間違うとかんたんには軌道修正がききません。 パートナー選びに失敗してしまうと、多くの場合それまでかかったコストのリターンを諦めてプロジェクトをはじめからやり直す羽目になってしまいます。

狙い通りにウェブプロジェクトを成功させるためには、戦略策定・マーケティング設計・情報設計・機能設計・運用設計・コンテンツ作成・開発・デザイン・コミュニケーションなどさまざまなタスクを一定のレベルでこなす必要があり、これらを一社で完結できる制作会社・ウェブプロフェッショナルは稀です。 また、ウェブ業界は比較的歴史が浅いこともあり、プロジェクト管理や倫理の面で未熟な制作会社もたくさんあります。

ですので、プロジェクトの目的・目標・戦略に合った、中・長期間いっしょにやっていける「信頼できるパートナー」を見つけることが大切です。 「パートナー選び」の重要さに比べると「どの CMS を使うか」というのは戦術・アクションのレベルの小さなちがいにすぎないと言ってよいでしょう。

ここでは代表的なポイントとして 2 つのポイントをあげましたが、 CMS 選びよりも重要なことはこの 2 つだけではありません。

この大前提のもとに、以下、 CMS の妥当性についてのお話を進めていきます。

CMS の妥当性チェックが重要な理由

上述のとおり、ウェブプロジェクトにおいて CMS 選びよりも重要なことはいろいろありますが、かといって CMS 選びにまったく無頓着でよいのかというともちろんそんなことはありません。

制作を依頼する側・発注者側が CMS 選びの意思決定に無頓着だと、制作会社の言うがままに検討の不十分な CMS をそのまま導入するか、担当者個人の感覚や博打で CMS を選ぶことになってしまいます。

選んだ CMS によって 3 〜 7 年程度の中長期において取りうる戦略・施策の範囲がある程度規定されてしまうため、 CMS 選びには発注者側も責任を持って関わるのがよいでしょう。

発注者側として、各 CMS の詳細な技術的特徴を把握する必要はありませんが、 「制作会社から提案された CMS や、担当者が見つけてきた CMS が妥当なのかどうか」はざっくりチェックできるようになっておく方がいい というのが私の持論です。

CMS の妥当性チェックのポイント

では具体的に、制作依頼者側の視点から「導入する CMS の妥当性をチェックする際のポイント」についてご説明します。

  1. 目的・ KSF ・戦略
  2. サイトのタイプ
  3. スローガン
  4. 機能
  5. セキュリティ
  6. 組織
  7. 予算

上から順にご説明していきます。

1. 目的・ KSF ・戦略

ひとつめは、ウェブプロジェクト全体の「目的・ KSF (Key Success Factor) (成功決定要因)・戦略との整合性」です

例えば、目的や戦略の中で「いろんな人がコメントを投稿できる SNS サイトを作る」というのが決められている場合に、 SNS サイト構築に不向きな CMS を選ぶべきではありません。 また、フルパッケージの EC サイトを構築することが戦略で定められているときに「動的な要素が組み込めない静的な CMS 」を選ぶのは合理的ではありません。

多くの CMS や制作会社は「あれもできます」「これもできます」とは言いますが、「これはできません」「これは不得意です」とはあまりハッキリと言わないので、このポイントを依頼者が見極めるのは大変難しいのですが、制作会社任せにせず主体的に見極めようとすることが大切です。

2. サイトのタイプ

ふたつめは、「サイトのタイプ」です 。 「構築して欲しいサイトのタイプ」と「その CMS が得意とするサイトのタイプ」が一致するかどうかをチェックしましょう。

そのチェックをする上で役立つのは過去の事例です。 日本語だと「( CMS 名) 事例」、英語だと「( CMS 名) showcase 」といったキーワードで Google 検索をすると該当する CMS の事例一覧が出てくるので、それをいくつかチェックするとよいでしょう。

事例一覧をチェックする際に見るべきポイントは 2 つです。 ひとつは、 「これから制作を依頼しようとしているサイトと同じタイプのサイト事例があるかどうか」 。 そして、同じタイプのサイトがある場合は「それらのサイトのクオリティがよいかどうか」。 もうひとつは、 「全体的にどんなタイプのサイトが多く作られているのか」 です。

というのは、例えば「この CMS を使って A というタイプのサイトを作れますか?」と聞くと、多くの制作会社が「作れます」と答えます。 CMS というのは多くの場合汎用性を持たせて拡張性の高い作りになっているので、たとえそれが A というタイプのサイトに向いていなかったとしても、一定以上のレベルの技術力を持つ制作会社であれば、拡張を行うことでそれを実現することが可能です。

ですので、 CMS に関して「このタイプのサイトが作れますか?」という質問にはあまり意味がありません。 重要なのは「作れるか」ではなく「他の CMS よりも、効果的・効率的に実現できるか」という点です。 事例集はその CMS が得意なことと不得意なことを反映するので、サイトのタイプが合っているかどうかを判断する際にとてもよい材料となります。

できれば、事例一覧のページやサイトは、一部の制作会社が作ったものではなく、コミュニティの誰もが投稿できる、透明性・公平性のあるものを参考にするのがよいでしょう。

3. スローガン

「スローガン」も CMS の妥当性を判断する際の有用なポイントです 。 スローガンというのはここでは、各 CMS が売り文句として使っているタグラインのことです。

例えば、 WordPress の場合なら wordpress.org のサイトで次のようなスローガンを見つけることができます。

WordPress のスローガン 1:

WordPress is open source software you can use to create a beautiful website, blog, or app.

意訳:

WordPress はきれいなウェブサイト、ブログ、アプリを作るのに使えるオープンソースソフトウェアです。

WordPress のスローガン 2:

Beautiful designs, powerful features, and the freedom to build anything you want. WordPress is both free and priceless at the same time.

意訳:

きれいなデザイン、強力な機能、それと、作りたいものを作れる自由。 WordPress はフリーでなおかつプライスレスです。

「 beautiful 」という言葉がどちらのスローガンでも使われており、「 blog 」ということばも見られます。 WordPress は汎用 CMS で、先日 アメリカホワイトハウスのサイトが Drupal から WordPress に置き換えられた というニュースもありましたが、大規模・複雑なサイトの構築に使用された事例もたくさんあります。

ただ、他の CMS と比べたときに WordPress が突出しているのは、無料あるいは安価で使える洗練されたデザインのテーマが多いこと、そして、ブログでよく利用されているという点でしょう。 これらの特徴がそのままスローガンに表されていると私は感じます。

もうひとつ例を見てみましょう。 煩雑なインストール等の作業が必要ない SaaS タイプの CMS 、 Jimdo には次のようなスローガンがあります。

Jimdo のスローガン 1:

Make it easy!

Create your website with Jimdo.

意訳:

かんたん!

Jimdo で自分のウェブサイトを作りましょう。

スローガン自体がシンプルで、メッセージも「かんたん」とわかりやすいです。 これは Jimdo がどんなものかを知っている方であれば「そのとおり」とうなづくスローガンでしょう。

ウェブサイト制作を発注する場合にこの Jimdo が選択肢にあがる場合は少ないかとは思いますが、このスローガンからも、 Jimdo の特徴がよくわかります。 それは「かんたん・シンプルにサイトが作れる」ということです。

もしあなたが制作依頼をしようとしているサイトが複雑でどう考えても「シンプル」とは言いがたいものであれば、 Jimdo のスローガンを見ると「 Jimdo という選択肢はどうも怪しい」ということがわかるはずです。

4. 機能

「機能」は、ある意味最も重要なポイントであり、最も軽視してもよいポイントでもあります

というのは、 CMS は特定の機能が備わっていることをウリとして打ち出しますが、一定レベル以上の多くの CMS は似たり寄ったりな基本機能を備えています。

動的なページの生成、管理画面を使ったページ作成、ファイルのアップロード、簡易レイアウト、テンプレート、メニューといった機能は多くの CMS がデフォルトで備えています。 また、特定の機能がデフォルトで備わっていない場合でも、機能パーツ(プラグイン)を追加することで他の CMS と同等の機能を自由に追加することができます。 ですので、一般的にウェブサイトでよく見られる定番機能についてはメジャーな CMS であればどの CMS でも大方実現できると思って差し支えありません。

では、機能に関して何を見ればよいかというと、重要なのは 「目的・ KSF ・戦略」にとって非常に重要な「核となる機能」を実現できるか 、そして、 いかに効果的・効率的に実現できるか という点です。

単純に「実現できますか?」という質問を制作会社に尋ねると多くの場合答えは「できます」になってしまうので、「他の CMS よりもよりよい形で実現できるかどうか」というのを根拠とあわせて確認するとよいでしょう。

5. セキュリティ

「セキュリティ」も CMS の妥当性をチェックする上で見ておく必要があります。

CMS のセキュリティに関していうと、単純に「セキュリティに強いか弱いか」というのはあまり意味がなくて、具体的にどのようなセキュリティ対策が取られているかということが重要です。

例えば、オープンソースの CMS に関して理想的なのは、(私が知っている範囲では WordPress や Drupal がそうなっていますが)セキュリティ向上のための体制・チームが組まれており、その体制が実際に継続的に機能していることです。 そのチームのメンバーのレベルが必ずしも高いとはかぎりませんが、ないよりは断然よいと言えるでしょう。

逆に、セキュリティ的に避けた方がよいのは、メンテナンスが止まってしまった CMS や、こう言ってしまってはあれですが、ビジネスの継続性や財務面のあやしい会社の内製 CMS を使うことです

また、現時点では大丈夫な CMS も、この先もずっと大丈夫だとはかぎりません。 「この CMS は大丈夫」と 100% 言い切れるものはありませんが、利用者の多い CMS は比較的廃れる可能性が低いといえるでしょう。 逆に、利用者数が少ない CMS や、シェアが落ち続けている CMS には注意をする必要があります(シェアが上がっているか下がっているかは、 Google Trend で確認ができます)。

余談ですが、「 CMS に関するセキュリティインシデントの原因の多くは CMS そのものではなく CMS を利用する制作会社側にある」と私は聞いたことがあります。 統計を取ったわけではありませんが、私の観測でも CMS を作る側の人たちは CMS を使う制作会社の人たちよりも一般に技術レベルが高いので、実際そのとおりだろうと思います。 セキュリティに関しては、 CMS 間の差異よりも、制作会社や技術担当者となる人のセキュリティレベルに注目した方がよいでしょう。

6. 組織

組織との相性という側面からも CMS の妥当性をチェックすることが必要です。

組織の視点において、最も重要なのは IT リテラシーやウェブリテラシーの問題です 。 いくら便利な道具でも、使うべき人がそれを使えないかぎりは価値を生みません。 CMS は道具なので、それに関わる担当者が正しく理解し使いこなせるかどうかがとても重要です。 組織や担当者の IT リテラシーに不安がある場合は、事前にデモ等で確認するなどして本当に使えるかどうかを確認するのがよいでしょう。

他にも、組織の文化や業務フロー・業務プロセスという点も、 CMS の妥当性チェックにおいて見ておくべきポイントです。

7. 予算

最後ですが、忘れてはならないのは「予算」との相性です。

企業の事業規模や投資傾向によって、ウェブプロジェクトや CMS に割ける予算は大きく異なるでしょう。 有償の高機能 CMS の場合は、導入だけでも億単位のお金がかかるものも中にはあると聞きますので、よい CMS だからといってそのまま導入できるとはかぎりません。

導入のコストとランニングコスト、次世代の CMS やシステムに切り替える際のコスト等々すべてを含めたコスト( TCO: Total Cost of Ownership )が予算と整合しているのかはきちんとチェックするようにしましょう。

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以上、 CMS 導入の際の妥当性チェックポイントについてでした。

おさらいに、上に書いた各ポイントの見出しをもう一度あげてみます。

  1. 目的・ KSF ・戦略
  2. サイトのタイプ
  3. スローガン
  4. 機能
  5. セキュリティ
  6. 組織
  7. 予算

以上です。

少し余談的になってしまいますが、ソフトウェアの世界では「銀の弾丸は無い」ということばがよく言われます。

銀の弾丸は多くの日本人にとってあまり馴染みがないかと思うので、馴染みのある日本語でいいかえると「万能薬はない」と言い換えられるかと思います。

CMS の世界もまさにそのとおりで、どんな目的にもぴったりの万能の CMS はありません。 細かな部分を見ると千差万別なので、ウェブプロジェクトの目的や戦略、サイトのタイプ、組織の特性等と CMS の特徴をよく見比べて、目的や戦略・組織に合った CMS を選ぶようにしましょう。

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とはいえ。 ここでの議論を覆すようですが、冒頭に述べたとおり、ウェブプロジェクトにおいて CMS 選びよりも重要なことはたくさんあります。 そして、多くの企業がまだそこを十分に押さえられていない状況です。

CMS 選びに力を注ぐのは「適切な目的・目標の設定」や「妥当な戦略の策定」「信頼のできるウェブプロフェッショナルを仲間に引き入れること」といったことができてからで十分なので、優先順位を間違えないようにぜひ注意してください。

CMS を活用したウェブプロジェクトの成功を真剣に目指している方のご参考になれば幸いです。